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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)3624号 判決

原告 貝塚谷恒良

右代理人弁護士 林弘

被告 新東宝タクシー株式会社

右代表者 西井進

右代理人弁護士 阿部甚吉

外二名

主文

被告は原告に対し金二五万円及びこれに対する昭和三二年九月一二日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金五万円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

被告がもと商号を新生交通株式会社と称したが昭和三〇年一二月八日これを現在のように変更し、その旨の登記を経由したことは、当事者間に争がなく、証人丸毛保二(第一、二回)、同伊部昇、同成瀬満春の各証言によりいずれもその成立が認められる甲第一ないし四号証、右各証言及び証人保高勇の証言に右甲第一ないし四号証が現に原告の手中に存する事実を総合すると、被告会社は昭和三〇年六月二〇日訴外伊部昇あてに原告主張(二)の(A)ないし(D)の約束手形四通を振出し、右伊部は、右(A)ないし(C)の手形三通を訴外成瀬満春に、同人は原告に、なお伊部は右(D)の手形を原告に夫々順次白地式裏書により譲渡し、原告は、現に右各手形の所持人であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、原告が右(A)ないし(C)の手形三通をそれぞれ満期に、支払場所に呈示して支払を求めたが、いずれもその支払を拒絶せられたことは当事者間に争がない。

被告は右(A)ないし(D)の四通の約束手形は、いずれも被告会社が訴外伊部昇を受取人として振出しているが、同人は、その振出交付を受けた当時被告会社の取締役であつたから、被告会社の右各振出については、商法第二六五条により被告会社取締役会の承認を受けることを要するにかかわらず、その承認を受けていないから、右各振出は無効であり、従つて、原告は被告に対し右手形上の権利を行使することができないと抗弁するので、まずこの点につき判断する。

前示甲第一ないし四号証、成立に争のない甲第七号証、乙第一号証、証人丸毛保二(第一、二回)、同伊部昇(一部)、同成瀬満春(一部)、同保高勇、同岸下常一の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、訴外成瀬満春(通称成瀬祐久)は、昭和三〇年六月頃被告会社の代表取締役に就任したものであるが、その就任の目的は、同人において当時既に営業資金に窮していた被告会社に対し相当額の営業資金を投入し、その再起を図るためであつて、また就任に際しては株主から相当額の株式を譲受けることが条件になつていたこと、けれども、同人は、就任後被告会社に対し営業資金の投入をなさず、かつ、株主から譲受けた株式代金の支払を延滞するに至つたので、その地位の保全が危くなり、早急に相当額の金員をつくる必要にせまられていたこと、そこで、同人は、その所有の被告主張の京都市所在の山林を担保に訴外大阪第一信用金庫から金六〇〇万円を借受けることとなり、右信用金庫の要求によりまず、右山林の根抵当権者である訴外出光興産株式会社の抵当債権(債務者は、成瀬の経営にかかる訴外株式会社成瀬祐久商店)を弁済して右根抵当権設定登記を抹消することとなつたこと、ところでこれよりさき、成瀬は、昭和三〇年六月二〇日被告会社の当時における他の代表取締役であつた訴外丸毛保二の承認のもとに被告会社代表取締役成瀬裕久(成瀬満春の通称)名義をもつて前示四通の約束手形をいずれも受取人らん白地のままで作成振出し、被告会社は、これにより金融業者から自己の営業資金を借受けるため当時その取締役であつた訴外伊部昇に右各手形を預けて、金融業者を探させていたところ、成瀬は、伊部と共謀の上、ほしいままに右各手形を原告から割引いてもらい、それによつて得た金員で右株式会社成瀬祐久商店の出光興産株式会社に対する前示抵当債務を弁済しようと企図し同年六月下旬頃、原告の代理人である保高勇の要求により右各手形の受取人らんに「伊部昇」と記載補充し、右各手形中前示(A)、(B)、(C)の各手形にはそれぞれ伊部昇、成瀬満春が順次白地式裏書し、前示(D)の手形には伊部昇が白地式裏書した上、これを右原告代理人保高勇に交付譲渡して、割引を受け、よつて得た金員をその頃前示抵当債務に弁済充当したものであることが認められ前示証人伊部昇、同成瀬満春の各証言中、右認定に反する部分は、いずれも前示証拠に照してにわかに措信し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右認定の事実関係によれば、右四通の約束手形は、結局会社の取締役である伊部昇が専ら被告会社の犠牲において前示抵当債務者である訴外株式会社成瀬祐久商店及びその抵当物件所有者である成瀬満春の利益をはかるため、被告会社から、その各振出交付を受ける関係になるものであるというべきであるから、右各振出は、商法第二六五条所定の取引に該当し、被告会社取締役会の承認を受けることを要するものである。そして、前示証人伊部昇、同成瀬満春の各証言中右各振出につき取締役会の承認があつたものの如き供述部分はいずれも後示各証拠に照して措信し難く、かえつて前示証人丸毛保二(第一回)の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は右各振出につき事前においても、また事後においても取締役会の承認を受けなかつたことが認められる。

ところで、右認定のように、会社の取締役が専ら会社の犠牲において第三者の利益をはかるため、会社から約束手形の振出交付を受け、その振出につき取締役会の事前または事後の承認を受けなかつた場合、右振出は、一応無効であるけれども、右無効は絶対的なものではなく、右手形を裏書によつて取得した者がその取得当時会社から取締役に対する右振出は取締役会の承認を受けていないことにつき善意無過失である場合には振出人である会社は、右振出の無効をもつて右手形取得者に対抗し得ないものであるが、右手形取得者が右承認のないことを知り、またはこれを知らないことにつき過失ある場合には、会社は、右提出の無効をもつて同人に対抗し得るものであると解するを相当とする。

原告は、一般に手形行為については商法第二六五条の適用はないと主張(原告の(五)の(1)の主張)するので、この点につき判断する。

商法第二六五条にいう取引にはどのような行為を含むかについては、いろいろ説が分れているが、会社に全然不利益のない行為、履行行為及び相殺等を除き、すべての財産上の法律行為殊に手形行為をも含むと解するを相当とするから、これと見解を異にする原告の右主張は採用できない。

次に、原告は、仮に、商法第二六五条が手形行為に適用されるとするも右四通の約束手形は、被告会社が金融を得るため振出されたものであつて、伊部昇が受取人、第一裏書人となつているのは、裏書の担保的効力により、実質的に被告会社の振出人としての手形上の債務を保証し、もつて金融を容易ならしめようとする意図によるもので、会社の利益が取締役個人のため犠牲に供せられることを防止する目的で規定された商法第二六五条は、会社の犠牲が全く考えられない本件の場合にはその適用がないと主張(原告の(五)の(2)の主張)するのでこの点につき判断する。

商法第二六五条が会社とその取締役との間の取引に関し、取締役が会社利益の犠牲において自己または第三者の利益をはかるのを防止する目的の規定であることは原告所論のとおりであるが、本件においては、前段認定のように取締役が専ら会社利益の犠牲において第三者の利益をはかるため、約束手形の振出交付を受けたものであるから、原告の右主張は、本件の場合には妥当でない。

次に、原告は、会社の約束手形振出が商法第二六五条に違反しても、右振出は完全に有効であり、ただ、かような取引をした取締役が同条によつて会社に対し責任を負うに過ぎないと主張(原告の(五)の(3)の主張)するのでこの点につき判断する。

商法第二六五条違反の行為の効果に関しても説が色々分れているが、当裁判所は前説示のように解するのでこれと見解を異にする原告の右主張は採用できない。

次に、原告は、仮に被告会社の前記各約束手形振出が商法第二六五条に違反し無効であると解するも、原告は、右各手形取得当時伊部昇が被告会社取締役であること並びに右各振出につき取締役会の承認のなかつたことを知らず、かつこれを知らないことにつき過失がなかつたから、被告は右無効をもつて原告に対抗することはできないと主張(原告の(五)の(4)の主張)するので、この点につき判断する。

前示証人伊部昇、同成瀬満春、同保高勇の各証言中、右主張事実に符合する部分はいずれも後示各証拠に比照して、たやすく信用し難く、かえつて前示甲第一ないし四号証、乙第一号証、証人丸毛保二(第一、二回)、同伊部昇(一部)、同成瀬満春(一部)、同保高勇(一部)、同岸下常一の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、前段認定のように、前示約束手形四通は、昭和三〇年六月下旬頃被告会社の当時の代表取締役であつた前示成瀬及び取締役であつた伊部の懇請により、保高勇が原告代理人としてこれが割引をなし、右各手形の裏書譲渡を受けたものであるところ、保高は右各手形取得当時、成瀬及び伊部がそれぞれ被告会社の代表取締役及び取締役であること、右各手形は、いずれも当初その各受取人らんは白地であつたが、保高の要求により成瀬と伊部が協議の上、受取人を伊部昇と補充し、その裏書関係を前段認定のように記載したこと、かつ割引によつて得られる金員はすべて被告会社の犠牲において前段認定の使途に使用せられるものであることをいずれも知つていたこと、当時原告は、証券会社に勤務のかたわら大阪市の自宅に店舗をかまえて金融業を営み、従前から保高勇を自己の代理人として被告会社に対し何回もその振出にかかる約束手形の割引をしてやつていたものであり、保高勇(当時六二歳)は従前から長らく大阪市にある証券会社に外交員として勤務していたものであることが認められ、証人伊部昇、同成瀬満春、同保高勇の各証言中、右認定に反する部分はいずれも前示各証拠に照して、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実関係によると、保高は、原告の代理人として、右各約束手形を取得した当時、右各手形は被告会社の取締役である伊部昇が被告会社の犠牲において第三者の利益をはかるため、被告会社からその振出交付を受けるものであり、伊部から更に前示各裏書譲渡を経て原告の取得になつたものであつて、割引により得られる金員は被告会社のためでなく第三者のために使用せられるものであることを知つていたものであるというべきである。ところで、かような場合には右各振出については取締役会の承認を受けることが必要である位のことは、大阪市の金融業者の代理人として何回も手形の割引をした経験を有し、また同市にある証券会社に外交員として長らく勤務していた保高は、他に特段の事情の認められない本件においては、右各手形取得当時これを知つていたものであると推認すべきである。そして、取締役会の承認を得たものであるか否かは、同人において右各手形の割引及び裏書譲渡の交渉にあたつた成瀬や伊部または被告会社につき調査すれば、前認定のようにその承認のないことは容易に知り得たにかかわらず、敢えてこの挙に出なかつたことは弁論の全趣旨により明かであるから、特別の事情の認められない本件においては、当時右承認のなかつたことを同人において知らなかつたとせば、その知らないことにつき同人に過失があつたものと断定せざるを得ない。そうすると、前記説示のように被告会社は原告に対し右各約束手形の振出の無効をもつて対抗することができるわけである。従つて、原告の前示主張もまた採用できない。

次に、原告は、仮に原告において右各手形取得当時伊部が被告会社の取締役であつたことを知つていたとするも、取締役会の承認のなかつたことは知らなかつたから、原告を目して悪意の取得者ということはできないと主張(原告の(五)の(5)の主張)するので、この点につき判断する。

右主張は、原告の(五)の(4)の主張に対する判断として前段説示したところにより、採用することができない。

次に、原告は、商法第二六五条の取締役会の承認は、同条所定の取引が手形行為である場合は、手形面または符箋にその旨記載を要すべき事項ではないから、本件のように、取締役が会社から手形の振出を受けているような場合、その振出は、取締役会の承認を得てなされた適法のものとみるのが通例であつて、手形取得者において、たとえそれが銀行業者であつても、右承認があつたことを疑わせるような特段の事情のない限り、右振出については取締役会の承認があつたものと推認すべきであると主張(原告の(五)の(6)の主張)するので、この点につき判断する。

原告の所論は一理あるが、本件においては、前認定のように原告代理人保高勇は、取締役会の承認のないことを知らないことにつき過失があつたものであるから、原告の右主張は本件に関する限り採用できない。

以上の如く訴外保高勇は、原告の代理人として前示約束手形四通を取得する当時被告会社からその取締役伊部昇に対する右各手形の振出はいずれも取締役会の承認を受けていないことを知らないことにつき過失があつたものであるから、被告会社は、原告に対し右各振出の無効をもつて対抗することができ、従つて原告は被告に対し右各手形上の権利を行使することはできない筋合であり、被告の前示抗弁は理由がある。

原告はなお、右各手形につき(七)、(八)の如く主張しているけれども、そのいずれも理由のないことは、上述したところで明白であるから、採用することはできない。

次に、前示証人成瀬満春、同丸毛保二(第一回)、同保高勇の各証言により成立が認められる甲第五号証及び同証が現に原告の手中にある事実によれば、原告主張の(三)の事実が認められる。

そこで、右金二五万円の約束手形に関する被告主張の(二)の(ロ)の悪意の抗弁について判断する。

証人伊部昇、同成瀬満春、同丸毛保二(第一、二回)、同岸下常一の各証言中、右抗弁事実に照応する部分はいずれも後示各証拠に比照してにわかに措信し難く、かえつて、証人保高勇、同丸毛保二(第一回)の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、右金二五万円の約束手形は、前示保高勇が原告の代理人として被告との間において従前被告が原告から割引を受け原告の取得していた被告振出の数通の約束手形の未払手形残額及び利息の合計金二五万円を準消費貸借に改め、その支払確保のため被告が原告に対し振出したものであつて、右手形に関する限り、被告抗弁のような事実はないことが認められる。故に、被告の右抗弁は理由がない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち、被告に対し原告主張の(三)の約束手形金二五万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明かな昭和三二年九月一二日からその支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきである。よつて、民事訴訟法第八九条、第九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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